「研究開発でリンパ浮腫の未来をより良くしたい」 チームTOMOCloud


              「研究開発でリンパ浮腫の未来をより良くしたい」 チームTOMOCloud

現在、日本におけるリンパ浮腫患者は、およそ20万人と言われています。リンパ浮腫はQOL(生活の質)に大きな影響を与える慢性疾患ですが、診断基準や治療法は未だ確立されておらず、早期発見や適切なケアが難しい現状にあります。
今回は、千葉大学大学院工学研究科 武居研究室の「チームTOMOCloud(トモクラウド)」の皆さんをお迎えして、enstylersでは初めて、研究開発の立場からお話いただきます。TOMOCloudでは、患者の体に負担なく、簡単にリンパ浮腫の状態を把握できる「LTモニタ」を開発し、現在、事業化に向けて活動中です。LTモニタが事業化され、社会で活用されると、症状の見える化により、早期発見や適切なケアの可能性が広がります。
TOMOCloudの皆さんには、まだあまり知られていない「リンパ浮腫」の課題に取り組んだ理由や、研究で大切にしていること、そして今後の展望について伺いました。

enStylers:リンパ浮腫とともに、自分らしくstyleをもって生きるひとたち

 

 

チームTOMOCloud  
<中央>  武居昌宏教授 統括責任者 
<左>   小川良磨さん チームリーダー(博士1年) 
<右>   大池玲子さん ハードウェア開発担当(修士1年)
 

 

 

LTモニタで、がん克服後の活動を広げたい

encyclo Style 編集部(以下、編集部)

リンパ浮腫は、早期発見が難しく、症状を評価するための方法や基準も統一されていません。なぜ、そのような現状にあるのでしょうか。 

 

小川良磨さん(以下、小川) 

リンパ浮腫には、リンパ管の先天的な機能不全などによる原発性と、がん治療後に発症する続発性があります。このうち、続発性リンパ浮腫については、本来、がん治療をおこなう乳腺外科や放射線科などで、治療後の定期通院の際に、発症リスクをチェックできると良いのですが、実際は、患者さん本人が違和感を覚えてから受診するケースが多く、その結果、発見が遅れてしまうのが現状です。 

また、原発性、続発性に関わらず、患者さんが初期の浮腫に気付いて受診しても、視診や触診のみで結局見落とされてしまったという話もよく聞きます。 

 

大池玲子さん(以下、大池) 

患者さんからヒアリングしていると、「症状を分かってもらえない」という声をよく聞きます。確かに、研究に協力していただく際に初期の発症部位を触らせてもらっても、「健康な腕や脚と変わらない」と感じることもあって。やはり視診や触診だけでは、限界があると感じます。 

 

小川 

リンパシンチグラフィーやリンパ管造影(※)をおこなう病院はまだまだ少ないうえ、検査そのものも侵襲性(患者の体への負担)が高いなどといった課題があります。最近は、複合的理学療法に加え、リンパ管静脈吻合術やリンパ節・リンパ管移植などの外科治療が発展してきましたが、治療方針決定のために必要な、症状を客観的に評価する方法が確立されていない点は、大きな課題です。 

※)足先や手先に造影剤を注射し、リンパ管の状態や、リンパの流れを可視化する検査。確定診断も可能だが、侵襲性が高いうえ、細かなリンパ管や深い位置を走行するリンパ管は見えづらいなど課題もある。

 

 

編集部 

では、リンパ浮腫の課題に対して、TOMOCloudが目指していることを教えてください。 

 

小川

まず、私たちが開発している「LTモニタ」は、腕や脚にセンサーを巻くと、体の中を画像で簡単に確認できる機器です。体脂肪計で使われるような体にやさしい電流で、リンパ液の溜まり具合等による変化を検出し、腕や脚の断面画像を見ながら確認できます。電流と言っても、全く痛みは感じません。体への負担なく、簡単に正確な情報を得られます。 

 

初期の試作品を、自分たちで試用。簡単に、負担なく、正確な情報が得られるよう、開発を進めている。

 

 

編集部

LTモニタは、病院で使われる想定で開発されているのでしょうか? 

 

小川

いえ、病院だけでなく自宅でも使えるように、医療用と家庭用の2種類の機器を開発しています。

まず医療用は、リンパ浮腫を発症した方や、発症リスクがある方の診断に使うことを想定しています。例えば、がん治療後の定期通院で、LTモニタのセンサーを腕や脚に巻いて状態を確認すれば、リンパ浮腫の兆候に、早い段階で気付くことができます。  

次に家庭用は、患者さん本人が自宅で症状をチェックして、どんなセルフケアをすべきか把握するために使うことを想定しています。患者さんのなかには、客観的に症状を把握できないため、「適切にケアできているか不安」とか、「ケアを頑張っているけど、良くなっているのか分からない」と、モヤモヤを抱えている方が多いんです。 

自宅で気軽に症状を把握できるよう、何かしらのスコアで症状を見える化しようと考えています。また、将来的には浮腫の状態や進行度だけでなく、その時すべきケアもアドバイスできるようにしたいです。 

 

編集部

もし、家で簡単に症状を把握できるようになれば、どんな時にむくみやすいのか傾向が分かりますね。傾向が分かれば、今まで諦めていた趣味や仕事ができるようになる可能性もありますか? 

 

小川

そうですね。例えば、「激しい運動には注意して」と医師から言われても、どのくらいが「激しい運動」なのか分からず、やりたい趣味や挑戦したいことを諦めている方もいらっしゃいます。 

運動の前後で、LTモニタを使って症状の変化を測ると、「このくらいの運動なら悪化しない」など、分かるようになります。そうすれば、過度に行動制限しなくてもよくなり、生活や趣味、仕事での活動の幅が広がる可能性も出てきます。 

LTモニタが、大変ながん治療を乗り越えた後の人生を楽しむ手助けになれば嬉しいです。 

 

 

私たちが頑張れば、苦しんでいる人がいなくなる

編集部

皆さんは、なぜリンパ浮腫の課題について取り組もうと考えられたのでしょうか。 

 

武居昌宏教授(以下、武居) 

12年前に千葉大学に赴任したとき、私は電気を用いて、管の中を流れる液体内の粒子や気泡の、量や動きを測定する機器を作っていたんです。「この技術に、異分野を融合してイノベーションが起こせないか」と考えていたところ、医学部の心臓血管外科学から「血管内の血栓を測る研究に応用できないか」と声を掛けていただいて。「確かに、血管はもちろん、人体そのものも管だよな」と思い、測定技術を生体に応用する研究を始めました。 

すると、大学内で異分野研究の融合を進める部門のURA(※)から、「血管が測れるなら、リンパ管も測れないか」という声をいただきました。看護学の教授からも、「リンパ浮腫で困っている人がたくさんいる」、「発症前にリンパ管の様子を測れる機械を作って欲しい」と聞いて、研究者として「やりがいがありそうだ」と感じましたね。そこから、看護学の教授と、千葉大学病院の医師や看護師と一緒に「リンパ浮腫研究会」を発足し、研究を始めました。 

※URA(University Research Administrator):研究者と企業等への橋渡し役を担う役職。

 

 

「リンパ浮腫研究会」では、様々な分野の専門家が集まり、日々ディスカッションしながら研究を進めている。

 

 

編集部

「リンパ浮腫研究会」では、皆さんの専門分野である工学だけでなく、医学や看護学の方と共にプロジェクトを進めておられるのが特徴的ですが、ルーツはそこにあったのですね。リンパ浮腫をはじめて知ったときは、どう感じましたか? 

 

武居

大変な疾患だと感じました。ただ、それと同時に「私たちの技術が役に立てるといいな」と、研究へのモチベーションが上がりました。 

 

小川

私も、研究に携わるまでリンパ浮腫を知らなかったのですが、知れば知るほど「何か貢献できるんじゃないか」と、希望が湧きます。「私たちが頑張れば頑張るほど、苦しんでいる人がいなくなるはず」という思いが、常に根底にありますね。

 

自分たちの研究が、誰かの役に立てることがモチベーションの源。リンパ浮腫のことを知るほど、その想いが強まる。

 

 

大池

女性に多い疾患で、しかも女性が大切にする「見た目」に影響を及ぼす点は、患者さんにとって、とても不安だろうなと。診断や治療の面だけでなく、メンタルケアの面でも、大きな課題があると感じました。 

 

編集部

研究の一環で、よく当事者にヒアリングされるそうですね。当事者の声は、研究でどのように活用されていますか? 

 

小川

例えば、自信を持って作った試作機でも、患者さんに使っていただくと新たな課題が見えてくるんです。測定前の下準備を簡単にする必要があるとか、センサーが巻きづらい膝上などの部位も計測しやすいように改善しようとか。  

実際に、患者さんや医療者の方からフィードバックをいただくのが、ものづくりでは一番大切だと感じます。あと、患者さんの声を聞けば聞くほど、「どうにかしなければ」と感じて、研究へのモチベーションにもつながるんです。encycloさんには、私たちと患者さんたちをつないでいただいています。 

 

患者さんへのヒアリングを繰り返し、深く分析。使うシーンをイメージして、LTモニタの設計に活かしていく。

 

 

編集部

研究において、喜びを感じるときはどんなときですか? 

 

大池

患者さんと接していて、「マイナーな疾患に注目して、研究を進めてくれていることだけでも嬉しい」と言っていただいたとき、「やってて良かった」と感じました。 

 

小川

新しい機器なので、使用に抵抗がある患者さんがいて当たり前のなか、今まで一度も研究協力を断られたことがないんです。前向きに協力してくださる姿を見ると、嬉しく感じます。  

協力くださる患者の皆さんは、リンパ浮腫を取り巻く未来がより良くなることを期待されているんだと思いますし、同時に「それほど課題の大きな疾患なんだ」と、改めて感じます。

 

編集部

 小川さんはチームリーダーとしてプロジェクトを引っ張っていく責任のある立場ですが、もともと研究者を目指していたのですか? 

 

小川

私は、漠然と「ものづくりで社会貢献ができたら」と思って工学部に入ったので、とくに「研究者になろう」とは思っていませんでした。 

もともとサッカーやジムのインストラクターをしていたので、運動や体にも興味があって。そうしたらリンパ浮腫の研究と出会って、面白くてのめり込んでいたら、気付けばここまで来ていたという感じです。

 

編集部

いま振り返ると、「ものづくり」と「体」という興味が、研究の場で形になっていますね。

 

小川

確かにそうですね。お医者さんとしてひとりひとりを診察することも素晴らしい社会貢献ですが、「医療機器をひとつ作って、何百人もの患者さんの手助けをするのも、ひとつの貢献の形だな」と思いながら、研究に取り組んでいます。 

 

多くのリンパ浮腫患者さんのご協力を糧に、議論に熱が入る。

 

 

患者さんの声が研究を前進させてくれる

編集部

プロジェクトの今後の展望を教えてください! 

 

小川

LTモニタを、医療現場での診断に使ってもらうために、医療機器として製品化することを目指しています。そのためには、たくさんの実証実験や手続きはもちろん、多くの人の協力が必要ですが、ひとつひとつの課題を着実にクリアしていきたいです。 

研究費用に関しては、2022年10月に文部科学省所管のJST(科学技術振興機構)の新規プロジェクトに採択されて、大きな予算を得ることができました。いま、プロジェクトの勢いが加速しているので、このまま走り続けられたら目の前の課題は十分クリアできると考えています。 

 

事業化を目指して、ビジネスコンテストにも多数出場。リンパ浮腫を知ってもらい、研究予算を獲得することも、プロジェクトの重要な取り組み。

 

 

武居

JSTの新規プロジェクトへの採用は、研究予算だけでなく、「事業化に向けた国のお墨付き」もいただけたという意味を持ちます。過去には、経済産業省所管のNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)からも大型予算を獲得しており、プロジェクトは着実に前進しています。  

生み出した技術が社会の役に立つことは、研究者にとって夢であり喜びです。若い研究者たちが夢の実現に向かって、実験や計算といった、地道で膨大な作業をしてくれたおかげでここまで来ることができました。チームみんなでLTモニタの事業化という山の頂上に向かって、歩みを進めています。

 

チーム一丸となって地道な作業を積み重ね、プロジェクトを前進させている。

 

小川

今回のプロジェクトは、絶対に良い方向に進んでいるという確信があります。武居先生と一緒に取り組んでいれば、「山の頂上に向かって進められている」という実感を持てるので、「あとはやるだけだ」と、前向きに取り組めています。 

 

大池

このプロジェクトの好きなところは、応用先である患者さんたちを見据えながら研究できるという点です。一つの材料と、とことん向き合う研究よりも肌に合うと感じているので、患者さんの話を聞きながら、ものづくりできるって幸せなことだなと思います。

そして、小川さんの研究に対する熱量は誰よりもすごいです。LTセンサの事業化という大きな目標に向けて、「小川さんについて行けば、何とかなる!」という安心感があります。 

 

編集部

最後に、読者の皆さんへメッセージをお願いします! 

 

小川

LTモニタは、患者さんと一緒に作り上げていきたいと考えているので、ぜひヒアリングなどにご協力いただけると嬉しいです。プロジェクトのステージが進めば、もっとたくさんの方にLTモニタを使用いただき、よりよいものに改善できたらと考えています。 

いま、私は25歳ですが、30歳までに事業化することを目標にしています。とはいえ、もっと早く役に立ちたいので、今後もスピード感を持って取り組んでいきたいです!

応援メッセージなどもすごく励みになりますし、患者さんたちとの繋がりやご意見が、研究を前進させてくれると感じています。 

 

 

Editor‘s Comment

TOMOCloudの皆さんが、病院やメーカーなど色々な立場の人と多面的に「リンパ浮腫の人のためにどうすれば良いのか」を真剣に考え、形にしようとされているのがとても印象的でした。特に当事者の声と真摯に向き合い、研究に活かそうとする姿勢には、胸が熱くなりました。LTモニタが事業化され、一人でも多くの方のQOL向上に役立つ日を、私も心待ちにしています! (ライター・笠井)

 

 

<文:笠井ゆかり>


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